大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(オ)326号 判決

上告人

伊勢崎高圧コンクリート企業組合

右代表者

小此木實

右訴訟代理人

鈴木清二

藤井冨弘

被上告人

久保田又夫

松村節夫

高柳繁雄

右三名訴訟代理人

藤本猛

平林英昭

主文

原判決中被上告人久保田の請求を認容した部分を破棄し、右破棄部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。

上告人のその余の被上告人らに対する上告を棄却する。

前項の上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木清二、同藤井冨弘の上告理由第一点について

原審において上告組合が主張した退職慰労金ないし退職金(以下「退職慰労金等」という。)は上告組合の役員ないし従業員の退職時にその金額が確定する債務であつて、原判決が説示するように、上告組合が解散して事業活動を停止し、すべての積極財産を換価し消極財産の全部の清算を行う時にはじめて債務として具体化するものでないことは、所論のとおりである。しかしながら、上告組合の資産状態やそれに伴う退職慰労金等の支給条件、受給対象となる退職者等について将来における変動が予想される以上、払戻持分計算の基準時である当期末現在の状態を基準として算出した退職慰労金等の額を計数上確定できるものではないから、これを負債として計上するのは相当でないものというべきである。したがつて、これと同旨の原審の判断に所論の違法はない。

次に、論旨は、上告組合が解散した場合における解散による清算所得に対して賦課される公租公課についても、当期末算出した清算所得に対する公租公課相当額を上告組合の負債として計上すべき旨の上告組合の主張につき原審がこれを排斥した点の違法をいうが、中小企業等協同組合法に基づく協同組合の組合員が脱退した場合における払戻持分の計算の基礎となる財産の評価は、当該協同組合の事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額を基準とするのであつて、現実の解散による清算手続の一環として行うものではないから、組合が解散した場合であることを前提とする所論清算所得に対する公租公課相当額なるものを想定し、これを負債として計上すべきものではないというべきである。したがつて、これと同旨の原審の判断に所論の違法はない。

論旨はいずれも、独自の見解に基づいて原審の判断を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点について

上告組合の理事会が上告組合と被上告人久保田との間において原判示の取引をすることを承認するについて、同被上告人が中小企業等協同組合法三六条の三、四二条、商法二三九条五項所定の特別利害関係人にあたることは、所論のとおりである。しかしながら、特別利害関係人たる理事は、利害関係を有する当該事項につき議決権を行使することができないだけであつて、理事会に出席して意見を述べる権限を有するのであり、また、かかる理事が加わつてされた決議も当然に無効ではなく、その理事の議決を除外してもなお決議の成立に必要な多数が存するときは、決議としての効力を認めて妨げないと解すべきである。以上の点にかんがみれば、原判決は、その措辞必ずしも適切ではないが、右の趣旨において理事会の承認としての効力を認めたものと解することができるところ、原審の確定した事実関係のもとにおいては、右決議につき中小企業等協同組合法三八条所定の承認の効力を認めた原審の判断もまた是認するに足りるから、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

同第三点について

原審は、上告組合から被上告人久保田に対する関係で提出された相殺の抗弁に関し、上告組合主張の自働債権である。同被上告人の上告組合に対する理事としての職務上の義務違反を理由とする損害賠償債権の成否につき判断をするに際し、同被上告人は上告組合の理事の資格を有すると同時に、上告組合の理事会の承認を得て上告組合と砂利等の運搬契約を締結した運送業者であるところ、原判示の取引は、同被上告人が、運送業者として、右契約に基づいて継続的に砂利等の運搬を行い、その運賃を請求し、かつ、その支払を受けたものと認められ、上告組合の理事の資格において組合の業務の執行としてこれを行つたものとは認めがたい、と判示し、このことを前提として、同被上告人の運送業者としての不当運賃の請求が直ちに理事としての善管注意義務違反になるものとは解しえない、として、右損害賠償債権の成立を否定している。

しかしながら、記録によれば、被上告人久保田が上告組合において経理担当の理事たる立場にあつたことは、上告組合の第一審以来主張するところであり、また、少なくとも、上告組合が設立されて操業が開始された当時、上告組合の理事全員が集つて組合の事業遂行についての協講をし、組合の生産経理等の業務は同被上告人においてこれを担当することが理事全員によつて諒解されたものであることは、原審の確定するところである。そして、もし同被上告人が上告組合と同被上告人との取引の継続中においても、同上告組合の単なる理事であるにとどまらず、前記の協議に基づいて上告組合の経理業務を自己の業務として担当していたものであるとするならば、その事務処理につき同被上告人に故意又は過失に基づく非違があるときは、同被上告人は、業務担当理事として負担すべき善良な管理者としての注意義務ないし忠実義務に違反するものとして、上告組合に対し、中小企業等協同組合法三八条の二第一項所定の損害賠償責任を負担する余地があるものといわなければならない。してみると、被上告人久保田と上告組合との間にされた原判示取引につき、同被上告人が上告組合の理事の資格において組合の業務の執行として行つたものとは認めがたいとし、同被上告人が右取引の当時上告組合の経理業務担当の理事であつたか否か、また、これが肯定された場合における同被上告人の上告組合に対する善管義務ないし忠実義務違反の有無について審理を尽くさないまま、上告組合主張の損害賠償債権の成立を否定して相殺の抗弁を排斥した原判決は、中小企業等協同組合法三八条の二第一項、四二条、商法二五四条三項、民法六四四条、商法二五四条ノ二の各規定の解釈適用を誤つた結果、審理不尽、理由不備の違法を犯したものというべきであるから、論旨は理由があり、原判決中被上告人久保田の請求を認容した部分は破棄を免れない。そして、右破棄部分についてはなお上告組合主張の自働債権である損害賠償債権の成否について審理を尽くさせる必要があるので、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。

次に、上告組合の被上告人松村、同高柳に対する上告理由第一点の理由がないことはさきに判示したとおりであるから、上告組合の同被上告人らに対する上告はいずれもこれを棄却すべきものである。

よつて、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 大塚喜一郎 本林譲 栗本一夫)

上告代理人鈴木清二、同藤井冨弘の上告理由

原判決は法令の解釈を誤り適用した違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。

第一点 原判決は次の二点においていずれも、持分払戻の際の組合財産の評価に関する中小企業等協同組合法、二〇条の解釈・適用を誤つた違法があり、これは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、原判決は「当期末」(昭和四四年三月三一日以下同じ)「における従業員および役員の退職金ならびに慰労金が第一審被告組合主張のとおりの額になることについては当事者間に争がなく」又「企業組合解散の場合の事業税、県民税、市民税の税率が第一審被告組合主張のとおりであることが認められるけれども、右(1)の退職金および退職慰労金ならびに(2)の解散の場合の諸税は、いずれも企業が解散により事業活動を停止し、すべての積極財産を換価し消極財産全部の清算を行うときに始めて債務として具体化するものであると解せられる。然るに協同組合の組合員脱退の場合、組合財産の評価にあたつては、前叙のように協同組合として事業の存続を前提としてなるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額を標準とすべきものである以上、組合の全面的な清算の場合と同列に、将来取得を予想される財産や発生を予想される債務のすべてを評価し、あたかも当期に実在する積極資産もしくは負債の如くに資産算入すべきものとは解し得ない」という。

二、しかしまず退職金および退職慰労金は、従業員又は役員が退職した時に金額が確定する債務であつて、原判決がいう「企業が解散により事業活動を停止し、すべての積極財産を換価し消極財産全部の清算を行うときに始めて債務として具体化するもの」ではないのである。

しかして又、事業の存続を前提として一括譲渡される場合である合併、経営権の移譲等の場合にも、当該時点までの従業員の退職金が承継される場合には、吸収合併される会社の株主に対し交付すべき株式数の算出又は移譲すべき株式の価額の算出に際して、退職金相当額が算入されるのは通例である。さらに本件の場合、当期末現在における各従業員及び役員の退職金又は退職慰労金相当額については、単に発生が予想される債務ではなく、原判決も認定しているとおり当事者間に争いがなく、潜在的には確定しており、退職金引当金として決算に計上しているか否かにより区別されるべき実質的差異はないのである。しかして、原判決も認めるなるべく有利にこれを一括譲渡する組合財産は、組合の物的設備のみならず人的構成も含むべきであり、合併等の場合と同様、従業員及び役員の退職金又は退職慰労金相当額も、その金額が明確である限りは、引当金勘定として計上されているか否かにかかわりなく算入すべきである。しかるに、これを算入しない原判決はまずこの点において法令の解釈・適用を誤つており、その違法は明らかに判決に影響を及ぼすものである。

三、つぎに、持分払戻に関する組合財産の算出に際し、脱退組合員と残留する組合員との公平の理念は考慮されるべきである。脱退組合員の持分算定に際し当期末現在における従業員及び役員の退職金及び退職慰労金並びに主として組合の積極財産の値上りによる生ずる清算所得に対する公租公課を算入しない場合には、残留している組合員のみにより負担することとなり、脱退組合員と残留している組合員との間の持分払戻額の間に不公平が生じることとなる。当期末以後生じる給料の賃上げ又は勤続年数の増加に伴う退職金又は退職慰労金の増加部分もしくは当期末以後の積極財産の値上りにより生ずる清算所得に対する公租公課を残留している組合員のみが負担することは当然であるが、当期末以後の退職により確定する退職金又は退職慰労金には、当期末までに生じた事由と当期末以後に生じた事由による増加分により金額が確定し、また、清算所得に対する公租公課は当期末までに生じた積極財産の値上りと当期末以後生じた事由による増加分に対して解散時に確定するのであり、これらをいずれも残留する組合員のみが負担することとなると、残留する組合員は脱退した組合員に比較し、不当に負担を負わされることとなる。原判決は将来発生を予想される債務のすべてを評価し資産算入すべきものと解し得ないというが、上告人の主張するこれらの負債は、将来確定し又は発生すべき債務についての当期末までに生じた事由による債務額の主張であり、将来の発生が確実な債務についての主張であり、その額も確定しうる債務額についての主張である。

しかして、将来金額が確定し又は発生する債務であつても、当期末現在での額が確定し、又将来の金額の確定、発生が確実な負債については、脱退組合員と残留する組合員との負担の公平を計るために、持分算定の際の組合財産の消極財産として算入すべきであり、脱退組合員の持分払戻が、原判決の認めるとおり一部清算の性格を持つものである以上脱退組合員に対する関係での清算所得に対する租税額をも算入して、組合員間の公平を計るべきである。しかるにこれ等の消極財産を算入しないで払戻持分額を算出した原判決は、この点においても法令の解釈・適用を誤り、その違法は判決に明らかに影響を及ぼすものであり、破棄を免れない。

第二点 〈省略〉

第三点 原判決は、理事の忠実義務及び理事の責任に関する中小企業等協同組合法第三八条ノ二、第四二条、商法第二五四条ノ二の解釈・適用を誤つた違法又は理由不備の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一、原判決は「前記認定した事実によると、第一審原告久保田は第一審被告組合の理事の資格を有すると同時にまた、理事会の承認を得て第一審被告組合と砂利等の運搬契約を締結した運送業者であり、本件取引は、第一審原告久保田が運送業者として第一審被告組合との間に締結した契約に基づいて継続的に砂利等の運搬を行い、その運賃を請求し、かつ、その支払を受けたものと認められ、第一審被告組合の理事の資格において、組合の業務の執行としてこれを行なつたものとは認め難い。」とし、「運送業者としての不当運賃の請求が、ただちに理事としての善管注意義務違反になるものとは解し得ない。」という。

二、しかし原判決は前述のとおり、「運送業者であつた第一審原告が生産経理等の業務を担当し、」ていることは認めている。被上告人久保田の運賃請求は運送業者としての業務かも知れないが、同時に上告人組合の計理担当理事として、自己が請求した運賃の経理処理をしているのであつて、上告人組合の理事長は、被上告人久保田が計理担当理事として処理した帳簿により小切手を作成したものである。したがつて、被上告人は計理担当理事として、自己が請求した運賃が公正妥当なものであるか否かを判断し、公正妥当な運賃のみを計理処理すべき、善管注意義務は負つているのであつて、これを単に運送業者の請求とのみ判断し、計理担当理事としての被上告人久保田の右善管注意義務に違反していることを認めない原判決は、法令の解釈・適用を誤つたか、理由齟齬の違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことは明らかであり、破棄をまぬがれない。

右上告理由を主張いたします。

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